photography


過去の写真や記事をここで更新していきます。

Vasco Coutino
ポルトガル出身の今はスイスに住んでいるカメラマン。
バスコ。
ぼくのスノーボードにおいてとても大切な人。
彼との出会いがヨーロッパでの入り口だった。
RANDOMとも引き合わせてくれた。

一時的に行くのと、行ったきりとでは意味合いが違う。
日本語の全くない生活は寂しかったけど、それは自分が孤独なんじゃないかってつまらん意識がある時。
少なくともバスコといる時はそんなことを全く感じなかった。
しばらくまともに会えてない友達。
これは2007年の写真。
バスコがぼくの板をノーズグラブして記念撮影。

バスコと2人で記事を作りたいなとよく話していた。
出会いから数年たって少しだけ形にできた。

経過はぼくらにしか分からないけど、結果を誰かに見てもらえるのはうれしいこと。


「フォトグラファーとライダーの関係」という内容の記事で扱ってもらった。

photo:Boiler
古い写真。多分2003年あたり。
ロシの板に乗ってた。
当時はアナログの一眼レフが活躍していた。
これはイタリアのカメラマンBoilerが撮ってくれたもの。
Entryていう出たばかりの雑誌が使ってくれた。


さらに古い写真。多分2002年あたり。
オーストリアのSPCキャンプ。
撮ってくれたのはKUWAちゃん。
初めて雑誌に載せてもらった事がすごくうれしかった。
帰国後ドキドキしながら本屋に探しにいった。

編集者さんから、ぼくの知り合いや友達からコメントをもらうように言われた。
中川伸也と戸谷隼人と宮田テツさん、撮ってくれたKUWAちゃんにお願いをした。

小西にもコメントをお願いをしたいと言ったら編集さんに無名のライダーは困ると言われた。
日本で最も板に乗れているライダーの1人(と僕は思う)の小西が無名扱いだったっていう懐かしい話し。

KUWAちゃんありがとう。

一番古い写真。
初めてカメラマンに撮ってもらった写真。
スイスのSaas-Feeにあったクォーターパイプ。
撮り手はスイスのカメラマンFabu。
普段はチューリッヒでスノーボードショップをやっていて、夏場のサースフェーによく来てた。


初めての表紙。とにかく嬉しかった。
今はなくなったSnowBoardNippon誌。
ハーフパイプが全盛で、アルペンの記事も掲載されていた。

綺麗な写真や記事を楽しむというよりは、大会のルーティーンや、トリックを細かく解説するっていう、今思えばマニアックな雑誌だったと思う。

編集長の飯田さんが撮ってくれた写真。


snowstyle表紙
2008年4月号

photo vasco coutinho
location zermatt switzerland

Vascoと過ごした夏の写真。
Saas-FeeやZermattばかりで滑ってた。
当時は日本人や海外のライダーもたくさんいて賑わってた。

バスコが「i proud myself for this one」と言った写真。
カメラマンがそう言う写真ならぼくも満足。

snowstyle 2009
photo. Vasco Coutinho

3か月くらいRANDOMクルーとヨーロッパを旅して撮影をした。

その間タイミングを合わせてスイスにいるバスコと国境で待ち合わせをした。

クリフのことは当時あまり知らなかったから、ランディングさえすればそれで良いと思ってた。
こういうような場所で回すのが当たり前な海外ライダーや国母くんは本当にすげーと思う。


Entry magazine 2008
Photo. Taz(Federico Bellini)

2008年にカメラマンのTazと会った。

基本的にヨーロピアンは非常にマイペースで、ゆるいと思う。
良くも悪くもゆるすぎる。
写真を送ると言って本当に送ってくれるカメラマンは稀有だ。
TazやVascoは必ずすぐに送ってくれた。


Tazとはスノーボードの話をあまりしなかった。
日本文化や彫り物(Tazは全身刺青)について話してた。
去年からRANDOMクルーが某ヨーロッパ雑誌とスポンサー関係を結んだことから、Tazの働くEntryという雑誌との絡みが遮断された。
仕方のないことだけど、Tazと話したり撮影できる機会が減ってしまったことはとても残念なことだった。


adidas eywearの広告。

adidas eyewearはかつて何年も前にFISの大会をまわっていた頃に声をかけてくれたブランド。
写真は日本人のインデイ君。

ぼくは今ほとんど大会に出る事もなくなったし、adidasのアスリートというカテゴリーでいったら間違いなく僕にはふさわしくないだろうなと思う。

それでも、恐らく今のぼくの活動を活動として認識してくれてる(と僕は思ってる)。
これからもずっと使っていきたいと思ってるゴーグルです。

隣は山岡そうこちゃん。
バンクーバーお疲れ様でした。

雑誌snowstyle 雑誌Snowboarder

特別な1枚。

誰もいない山にカメラマンのバスコと2人であがった。
太陽が沈む瞬間に飛びはじめてVascoが撮ってくれた。

綺麗だったイタリアとスイスの国境とマッターホルン。
当時はまだ自分がヨーロッパを旅するなんて想像もしてなかった。
バスコに感謝。

右はその翌朝の写真。
Vascoなしではぼくのライダーとしてのスノーボードが成り立たないくらい色んな写真を撮ってくれた。
パイプの写真なんてアングルや状況が限られていて。
出尽くしている。
Vascoはいつもぼくの想像の範囲外を切り取ってくれてた。

Baldonecchia,Italy Photo: Jhon Scarafiotti 
DEATH LABELの広告
2008-2009シーズンに色々考えてDEATH LABELに乗らせてもらうことにした。

3月、イタリアに到着した直後。
バルドネッキアの近所にバスケットが転がってるのを見つけて皆で遊んだ。
その時の日記。

JohonはTazと同じく日本の文化が好きで、帰国してからも盆栽の話をたまにしてる。
これからもずっとDEATHの板に乗っていたい。


スイスからフランスへ旅をした時の記事。
何に使うのか、何のオブジェなのか。
ともかく立派な輪っかだった。

写真はVasco。その時の日記はここ。

イタリア語版のONBOARD誌。
記事には11月のスイスとあるが、正確にはフランスだったと思う。

Kronplatz(日本語読みクロンプラッツ)
25メートルクラスのジャンプがパークに常設してあるイタリアのパーク。
スゲーよなー。日本だったらそれだけでひとつのコースをつぶすことになる。
BS540。


La Thuile, Italy. PHOTO: Christian Scalco
DEATH LABELの広告2発目。
2010-2011出来たて。

イタリアで一番好きな山。La-Thuile。
アオスタ渓谷の奥。
フランスとイタリアの国境。
後から追突してきたChristianが撮ってくれた。
ぼくはアプローチからクリスチャンを見つけられなかったから、狙い打ちしてくれたカメラマンありきの1枚。
最高に楽しい山。
また滑りたい山。











Photo. Vasco レ・ディアブルレ フランス

2007年の秋。
初めてウォールライドをした。
ハーフパイプと全く同じと思った。
エアターンの延長に壁があるような感じだと思った。

後から覗いてるお茶目な人はBubba。イタリアン。

当時の日記はここ。

フランスとイタリアの国境にあるLa-Thuile。

アプローチは2メートルないくらい。
落ちると思った瞬間にはもう落ちてるから飛び出したらすぐにランディングを考える。
13~15メートルくらいを落下する。
上に上がるジャンプやパイプと違って無重力が感じられない。
飛ぶ面白さより、立つ面白さみたいなものか。
翌年訪れると地形が変わってしまって、飛べる場所ではなくなってしまっていた。

写真を撮ってくれたのはTaz。
2008年3月。

映像のチャプター画像。
アプローチから犬のIUTERがぼくの後を追いかけてきた。
僕が使われてない貯水塔に当て込むと同時に、IUTERが見送ってくれた瞬間。
ランディングした直後くらいにはIUTERもランディングにまわりこんでくる。
それを繰り返してた2010年、春のフランス。

映像はKiller(Alessandro Miniotti) Random Video Production 2010

上の画像に11-12シーズンのウイングヒルズで知り合ったAkariさんがイラストを加えてくれた。
今まで写真とライダーっていう概念しかなかったから、すごく新鮮で新しい事で、嬉しかった。
ジェイミーが好きというのが分かる絵柄と思う。
ありがとう。

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