北海道 終

後半はやや気温があがった。
ルスツ、旭岳、そして再度ニセコへ戻る。

そして昨日深夜にPJと岐阜に到着した。
体力が怪しい後半だったが、怪我することもトラブルもなく(厳密に言うとちょっとした怪我でPJを倶知安の病院に連れて行った)そして1日もオフをとることもなく、北海道滞在を終了した。
移動距離2000km。
短くて長い旅だった。

北海道は雄大だった。独特の静けさみたいなものがあった。
ほんの10日あまりの滞在だけど、ぼくの知ってるヨーロッパの山とは全く違う印象を受けた。
森林限界のアルプスばかりを滑ってきた経験は、あまり生かされなかったような気もした。
叩いて飛ぶ。
そういったものはここでは必要がないような気がした。
それは繊細なライディングが必要で、かつ流れの中のスノーボードというものを再認識できた気がした。

最高だった。

ニセコ とりあえず記



写真と本文関係なし

2月21日 PP モービル PNT 半端ない
2月22日 ニセコ東山 ピーク~PNT 
      ニセコひらふ ピーク付近~PNT
      ニセコ花園 パーク パイプバーチカル半端ない ジャンプいい 3連 最大16
      ニセコひらふ プライベートナイター 圧雪もやっぱいい

ニセコに最後に来たのは10年くらい前のワールド戦帰り。
札幌で車上荒らしに遭って2戦目に出れないという、嫌な思い出が残った。
フェリーに乗る前にどこかで滑ろうと思って来たのがニセコ。

古かったゴンドラも、体の大きなオージーに合わせて新調してあった。
外観や雰囲気はガラっと変わったけど、山は変わらずすごくいい。
毎日こんなに当てていいんだろうか。

今日から気温は一気にあがり、小康状態となった。
パウダーセッションはこれでとりあえず引きに入るだろうか。
残り少ない日数と体力でパークをやっつければ感無量。

ルスツ→札幌→ニセコ

天候は晴れ。
今日はニセコモイワで滑らせていただいた。
札幌からニセコまでは100キロ、約2時間のドライブ。
地吹雪と晴れ間を繰り返す道のりだった。

目的は撮影だったが、まず気持ちよくなろうと言う事で328さんの気持ちいいラインを4人で滑った。

経験のない深い雪と、ヨーロッパにはないツリーが新鮮だった。
底のない、乾いた雪。モサモサ。

板はDEATH SERIESを選んだ。
細身で、強くて、切れる板。
どんなこともキャンバーの板でやりたい気持ちがあったけど、1本目で左足がパンパン。

北海道特有と言えるかもしれないけど、斜度に対する雪の量がすごい。
それを155の細い板ではどうしても無理が出てくる。

そう思ってすぐにDRIFTERに乗り換えた。
こんなに楽しい板があるのに、こだわりでキャンバーに乗る必要はまったくないと思った。
これまでないスノーボードをした気がした。

横浜→妙高

横浜と妙高を後にして、今日から北海道に入った。
横浜では展示会を3日間ぶじに消化。






新しいモデルも加わって、いい感じのラインナップ。
中央のラスタカラーが入ってるやつがそれ。
UNDER GROUND ARMY
妙高にはDEATH LABELのイリエとスウェーデンから来たPJと3人で向かった。

そこで赤倉をホームにしているhumming birdのケイくんが、赤倉観光のパウダーを案内ドしてくれて、展示会から一度湯沢に帰宅した達也もそこに加わった。
最高の1日だったし、とてつもない雪の量だった。

妙高は1日というショートステイ、翌朝は猛吹雪の高速を新潟港へ走らせた。
翌朝5時に苫小牧東港に到着。
ぼくとイリエ、PJの3人で冬の日本海の揺れを味わった。
今日は港からそのままルスツへと向かい、久しぶりの太陽を浴びた。
ルスツがホームのイリエと、今回の旅ではウイングヒルズまで一緒のPJと滑った。

妙高やルスツ、それぞれの山を知っているライダーと滑ることはとても贅沢なことだと思う。
今日は札幌のイリエ宅でお世話になって明日はニセコだ。



妙高での出発の朝。
雪壁の高さはゆうにバスを超える高さだった。

ウイングヒルズ2

いつの間にか2月も半ば。
ウイングヒルズでディガーの頭をやらせてもらい、思ったよりも忙しく過ごしてた。

100%自分のためだけに滑ること。
仕事として板の上に乗ること。
人に教える事。
撮影を加えて滑ること。
どれも同じスノーボードだけれど、勝手に細分化することで休む暇がなくなってしまった。

ヨーロッパでスノーボードを続けることがベストなのが分かり切っていても、線を弾かなくちゃならないっていう自分の気持ちを優先した。
そのくせその線を引いた事を、どこかで認めてない気持ちにもなる。
この中途半端な気持ちは終わりないけど、滑りだせばどこにいても一緒だ。
ディガーの皆や友達のおかげでとても楽しいシーズンだ。

写真はウイングの赤パン先生ことAKPさんが撮ってくれたもの。
10年ぶりくらいにJSBAの大会のお手伝いをさせてもらった。

自分が東海地区予選に出ていたころは少なくとも200人のエントリーがあった。
現在、東海だけでは10人に満たないため、西日本との合同開催になった。
さらに他地区の選手を交えても、50人に手が届くか届かないか。
物凄い減りようだ。

これを自然の流れととらえて、このまま縮小していくのを傍観するのか。
昔のように出場人数を増やすための動きをとっていくのか。
どのみち、どのスノーボード全体が右肩下がりなのは間違いないだろうし、スノーボード人口が減ってしまう事は残念なこと。
裾を広げないと。


明日から、まずはインタースタイル(展示会)横浜に移動。
そして、そこから東北、北海道と動いてきます。

しばらくの間ディガーとしては穴をあけてお休み。
日本だけで過ごすシーズン。
楽しみだ。